ポスト・スクリプト
映画やTVにおけるダイアログの置き換え
By Dane Davis

映画における重要なゴールのひとつに、スクリーン上の時間と空間が一貫しているような幻想を作り上げることが挙げられます。映画の視覚面と同様に、サウンド(ダイアログを含む)も、この幻想をサポートする必要があります。ダイアログのプロダクション・レコーディングが不明瞭だったり、あるいはノイズの問題があったりした場合には、既存の映像へ正確にフィットする、クリーンなサウンドへ置き換えます。この置き換えダイアログをレコーディングするプロセスは、ADR (AutomatedもしくはAutomatic Dialog Replacement、またはアフレコ)、もしくはルーピングと呼ばれます。

ADRでは、オリジナルの俳優が、それぞれの役のボーカル・パフォーマンスを、サウンドのコントロールされた環境内で、一行ずつ再創造します。このテクニックは頻繁に利用されますが、サウンド・エディターによる整合性の幻想の維持は、ずっと複雑なものになります。

クリアにする
ADRは、プロダクション環境のノイズによって、最初に録音されたダイアログが聞き取れない場合に、最も多用されます。プロダクション・ミキサーが、ロケで最善を尽くしても、時には何かのサウンドのレベルや音色によって俳優の声がマスクされ、ダイアログが不明瞭になってしまいます。ADRスーパーバイザーの重要な役割は、こうした不明瞭さの程度を判別して、特定のシーンにADRが必要であることを、渋りがちなディレクターやピクチャー・エディターに納得させることにあります。

オーディエンスが
登場人物の話していることを
理解できないなら
どんな演技のパワーも
完全に失われてしまいます
ディレクターが、セットでキャプチャーされたパフォーマンスを捨て、レコーディング・スタジオで作られた人工的で前後関係のないADRリーディングを採用することに乗り気でないのも理解できます。しかしオーディエンスが登場人物の話していることを理解できないなら、どんな演技のパワーも完全に失われてしまいます。映画を見る時は、会話を理解する必要があります。そして場合によってはADRが、それを可能にする唯一の方法なのです。



クリーンに録音されたADRが同期した、
かなりノイジーなプロダクション・ダイアログのライン
それとは逆に、ディレクター側で、特定のダイアログのパフォーマンスを置き換えたい場合もあります。セットでは正しいリーディングを行えなかったり、またそれ以上に多いのが、編集されたシーンの流れの中で、特定のリーディングが適切に感じられなかったりした場合、ADRスーパーバイザーは、そのラインをルーピング用に“キュー”出しするのです。また、ストーリーの変更により、ダイアログの置き換えが必要になることもあります。“彼女”を“彼ら”へ、また“彼を撃つ”を“彼を撃った”へ変更の必要な場合があるのです。ここでも、ADRによって変更が実現します。より分かりやすく補強するため、完全に新しいラインが、スクリーン上に存在しないサウンドとして、あるいは登場人物のバックに追加されることもあります。



アクションに声を合わせる
登場人物に求められるボーカル・パフォーマンスを、俳優が実現できないとディレクターが信じている場合もあります。スクリーンにおける俳優の声が別の俳優の声に置き換えられている場合、それは“リボイシング”と呼ばれるものです。キャスティング・コールは、豊かなループ・ステージの経験を持つ俳優へ送られます。リボイシング俳優がキャスティングされると、ADRは通常の方法で進行します。実際には、こうしたことは滅多にありません。多忙で高額な主演俳優が、ファイナル・カットまで到達しない可能性のあるADRでダイアログの作業をしなくても済むよう、“声のよく似た”俳優が呼ばれ、視聴者プレビュー用のテンプ・ラインを記録するのが一般的です。


完全に新しいラインが、
スクリーン上に存在しないサウンド
として、あるいは登場人物の
バックに追加されることもあります。
役者同士がカメラ上でオーバーラップしている時、または一人がカメラ上、もう一人が画面外にいて、映像編集がこの重複をサポートしていない場合は、ADRで内外両方の台詞を置換する必要があります。ダイアログ・エディターが代替テイクやオーディオの外科手術でマジックを発揮したのでない限りは、両俳優のそれぞれの全台詞(可能であれば周囲のラインも)を置換用にキューします。熟練の編集とミキシングによって大部分のプロダクション・ダイアログを救えるかもしれませんが、最終的にプロダクションとADR間の移行をできるだけクリアに、かつ認識し難いものとするため、問題となる領域付近の追加ダイアログをレコーディングしておくのがベストです。これは重複の問題に限らず、全てのADRで同じです。エディターは、状況が許せばPro Toolsを使用して実際に使用しているループの一部分を常に縮めることが可能ですが、素材が存在しなければ、それを引き伸ばすこともできません。

また、言葉自体が無傷で、独立していたとしても、息遣いが犠牲となることも多いものです。繰り返しますが、ダイアログ・エディターが、クローズアップされた人々の自然なパターンの息遣いを持っていない場合、各俳優(または声の代理人)は、そのリズムをステージで再生成する必要があります。登場人物の特別な行動がある大抵のシーンでは、オーディエンスにドラマティックなパワーを与えるため、彼らの息切れや他の呼吸器系のアクション(“エフォート”と呼ばれます)を、クリーンにレコーディングする必要があります。

ガヤ音
主演俳優が息遣いのようなサウンドを提供する時間や傾向がない場合は、ボーカルの代役を必要となります。通常は、こうした専門的な“聴こえるが見えない”パフォーマー達が、“ループ・グループ”の不可欠な要素です。

投影された映像に同期したパフォーマンスを行う“ループ・グループ”
の俳優達
また “ガヤ・グループ”として知られる、これらの“グループ構成者達”は、画面上にある主要な被写体以外の全てに対してボイスを提供するために投入されます。セットでは、脇役やエキストラが、大抵は実際に聞き取れない声を発するよう求められます。これによってセットの静寂を保ちながら、各シーンにおける主な登場人物のパフォーマンスを分離した状態でキャプチャーできます。ベースボール・ファン、食事をする人とウェイター、教室の子供達、事件現場の探偵、ピクニックするファミリー、ストリップ劇場のお客達など、最終的な映画における、こうした人々のあらゆるサウンドが、通常は後からADRによってレコーディングされています。このボーカル・アンビエンスは一般的に、“ガヤガヤ”に由来する “ガヤ”と呼ばれています。オーディエンスは、彼らが実際に何を話しているのかを理解する必要はありませんが、その雰囲気やトーンには説得力が必要です。自分が本当の教室や事件現場、あるいは野球場にいると誰もが信じられる必要があり、ループ・グループの俳優が、そうした幻想を提供するのです。これはシーンが地理的に特別な場所、あるいは“外国”で撮影される際に、特に重要になります。

グループのリーダー (大抵はステージでグループと一緒に演じます) は、実際に会話していないとしても、特定の言語及び特定地域のアクセントで話すことができる俳優を探します。その後、俳優は各シーンの設定に見合う会話を即興で話します。一本の映画の中に、学者で一杯のパリ風カフェやサンパウロの工場、マンハッタンの会社役員会議やベイルートのパーティ、ジャマイカの政治集会やマリブのビーチが含まれている場合もあるでしょう。ADRスーパーバイザーがフィルムのニーズを決定したら、ガヤ・グループのリーダーは、レコーディング・セッションで、あらゆる語学上及び社会経済的なテイストを提供できるグループを、可能な限り少人数で組織します(通常は8~10人)。また、様々な言語とアクセントを一緒にミキシングする際には、後々の国際配給時の要件も考慮する必要があります。

キューのスポット
ポスト・サウンド・プロセスの始めに、ADRスーパーバイザーはディレクター、映像エディターとともに映画全体を見ますが、これは“ADRスポッティング・セッション”と呼ばれます。通常、エディターは編集作業中に検討された、新規ラインと置換ラインの一覧を予め持っています。スポッティング・セッション中に、これら全てのキューが検討され、大抵の場合、ADRスーパーバイザーはエディターのトラックを聞いた後で、不明確なものに対する様々な提案を持っています。また、TVセットやラジオ、電話での会話など、その他のボーカル要素も、それらが後に“書かれる” (TBW)ことになるとしても、キュー・リストに追加されます。こうしたTBWラインは、俳優のキャスティングやスケジューリングの際にも代用されます。スポッティング・セッションの最後に、スーパーバイザーはこの全ての情報を使って、各ラインの正確なスタート及びストップ・フレームが記載されたマスターADRキュー・リストをコンパイルし、それがディレクターとエディター、プロデューサーの承認及び参照用にプリント・アウトされます。


ADRステージでは、大抵は
1時間で10ライン程度を
実行できます。
この時点で、ポスト・プロダクション・スーパーバイザーやプロデューサーは、全ての俳優のマネージャーあるいはエージェントへ電話をかけ、彼らがADRセッションへ効率よく参加できるようスケジュールを調整します。多忙な俳優のスケジュールと、さらには地理的な距離によって、これは難しい作業になります。ディレクターとスーパーバイザーは、新しいプロジェクトを撮影するロケ現場にいる俳優のレコーディングのため、別の街へ飛ぶ必要のある場合もあります。

ルーピング・セッションにおいて、俳優とADRミキサーは、俳優が録音する必要のあるラインのプリント・アウトを受け取ります。ADRステージでは、大抵は1時間で10ライン程度を実行できますが、俳優とディレクターが要求するテイク数によっても異なります。こうした不器用なプロセスを絶えがたいほど困難なものだと感じる俳優もいますが、中には天賦の才能を持つ俳優も存在します。

Pro ToolsがADRを救う
技術的な面では、ADRプロセスはPro Toolsのようなアプリケーションのおかげで、以前よりも幾分シンプルになりました。各ラインを置き換えるためにフィルムの物理的なループをカットする必要があったのは、それほど昔のことではありません。現在は、これらはコンピューター画面上で再生されるバーチャル・ループに置き換えられました。従来の方法同様、役者は映像を見ながらアクションに声を同期させ、ミキサーがそれを録音します。

主要キャラクターとADRグループの
ラインが記された、“キュー・シート”と
呼ばれるADRスーパーバイザーの
プログラム・ノート
パフォーマーが“ファースト・モッド”、つまりラインの最初のサウンド・モジュレーションのリズムに乗れるよう、ADRステージではビープ音の短いシーケンスが標準となっています。役者は“ビー、ビー、ビー”という音を聞き、(無音の)4つ目のビープ音でラインのスタートを予測するのです。セッション・ミキサーは、それぞれの俳優にとって最適なラグ・タイムを見つけるよう、ラインに応じてビープ音のタイミングを変化させます。その後、役者は同期したテイクをレコーディングできるようになるまで、ビープ音とプロダクション・リーディングを使ってリハーサルを行います。また、ADRステージによっては、各キューに応じて画面を横切る、視覚的な“ストリーマー”を使用することもあります。

各テイクのレコーディングに伴い、ADRスーパーバイザーはパフォーマンスやシンクの正確性、俳優やディレクターの嗜好を記録していきます。中には、何度かシンク・テイクを録音してから、役者がオリジナルのキャラクターが持っていたニュアンスを実現するまで、“ワイルド”にラインを演じさせ続けるスーパーバイザーもいます。この方法だと、ADRエディターにはさらに多くの時間が必要になりますが、Pro Toolsのサブ・フレーム編集により、奇跡的な同期を達成できます。感情的なトーンと語尾は完璧なのに、映像に対しては微妙にズレているテイクは、Synchro Arts VocALignプラグインのような編集ツールを使えば、完璧な形へリシェイプできます。

“p”や”b”、“v”または“m”のような口の形の場合、かなり絶妙な同期が必要なこともあり、さもないと素人目でさえ完全におかしく見えます。その他の子音と母音は、もう少しフレキシブルで、俳優の唇と口とは別のリズム、または別の言葉でさえ騙せることがあります。時には、編集を重ねてぴったりと合ったものより、ルーズに同期している方が、より自然に見えるラインもあります。自然なパフォーマンスとリップシンクの間のバランスを維持することが、ADRエディターの重要なチャレンジとなります。経験を積むことで、エディターはこの信頼性のスレッショルドを修得するのです。

意識下に留める
ADRセッションを可能な限り効果的に保つだけでなく、プロダクション・レコーディングの音響的な品質を可能な限りマッチさせ、リレコ・ミキサーがプロダクション・ダイアログとADRを簡単にマージできるようにするのがADRミキサーの仕事です。ミキサーは元々使用されていたマイクのタイプやルームの音響、マイクの角度や俳優の口からの距離など、数多くの変数を心に留めておく必要があります。オリジナル・プロダクションのミキサーがラベリアやショットガン、あるいはそれほど指向性がないマイクをブームで使用していたとしたら、ADRループでも同じようなマイクを使ってレコーディングする必要があります。


最も考慮すべきことは、
マイクとの距離です
最も考慮すべきことは、マイクとの距離です。俳優にあまりに近いところにマイキングすると、低周波帯域が持ち上がる“近接効果”が生まれてしまいます。レコーディングされたサウンドが、セットでのレコーディングとはかけ離れたものになってしまい、自然な感じでマッチさせられなくなる可能性があります。ADRミキサーの中には、プロダクション・ダイアログのオリジナル・サウンド・クオリティを模倣する才能を持つ人もいます。こうした類似性は、オーディエンスにとって、大きな違いとなります。理想的には、ADRラインはオーディエンスに気付かれるべきではありません。聴覚的な一貫性の実現する幻想が壊れると、見ている人がスクリーン上の作り物の世界へ戻るまで、幾つかのラインが経過するのを待たなくてはならない場合もあります。

必要なADRが全て録音され、編集されたら、ダイアログ・リレコ・ミキサーは、レベルやEQ、さらにルームの音響に最大の注意を払いながら、各ループ・ラインをプロダクション全体にマッチさせます。これが、空間による幻想が完璧に達成される(もしくは達成されない)瞬間です。達成された場合、映画内の全てのダイアログは(オリジナル・プロダクションであれADRであれ)、継続したシーケンスで、まさにカメラが狙っている場所で起こったこととして、何の疑問も無く受け入れられることでしょう。サウンドのマジックの裏側では、膨大な作業が行われているのです。